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生きている意味を見失う老人が多いのではないか?

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星を無効星を無効星を無効星を無効星を無効
 

80歳を過ぎた頃、身も心も老化が進んで「生きている意味を見失う」老人が増えてくるのではないかと想像している。知人や友人、そして、伴侶が他界してしまうとこの世に留まる理由が見えなくなる。何か生きる目的があれば、それに向かって残りの人生を費やす事が出来るのだが、そんな目的をもって生きている80歳以上の老人がどれだけいるのだろうか。

長生きは幸せではないかもしれない。生きる目的を失った老人にとっては、幸せが見えてこない。まだ、80歳ではないので本当の事はわからない。

ただ、

私が80歳になった後の生活や人生観を想像してみる。残りの人生を楽しく生きる意味を見出さないと生きているのが辛くなるのではないかと感じる。子供や孫が増えても一緒に時間を過ごすことが少ない。同じ価値観でお喋りができる相手も少なくなる。何かに没頭して時間を使わないと生きている意味を見失う。

生きている意味を見失う老人を想像できますか?

80歳を過ぎた自分の姿と生活風景を想像してみると「孤独」という文字が全面に出てくる。家内と二人の生活が続いているが、どちらも何らかの健康障害を受けているかもしれない。60歳代の体ではないので何かと不自由な生活になっていると思う。特に私は、緑内障であるので視野が片目だけになっているだろう。

視野が狭くなると動きに制約が出てくる。外に出て歩くのがリスクになる。足の筋力があるにしても目が不自由になっていると目で物を見るというよりも体全体で感じながら物を見るという行動になる。普通に見えているものがはっきり見えなくなる生活が生まれる。

できれば、目が見えなくなる前に他界したい。老齢で目に不自由になると自分一人で普通の生活ができなくなる。家内が元気ならば、家内に頼る生活を送ることになる。筋力は鍛えられるが、視力は鍛えようがない。

同様に聴覚の機能が衰えるとコミュニケーションで問題が起きる。他人との会話ができない一方通行の会話になる。メモを見て声で答えるコミュニケーションだ。80歳代になる老人であれば、視力、聴力、体温調整などで何らかの機能障害が起きているだろう。老化による不自由な生活を強いられる。

普通の人が感じる人生観が80歳代の老人には通じなくなる。

80歳代の老人の体は、機能低下のため壊れ始めている。今まで出来たことができなくなり、普通と言われる活動ができなくなる。体が壊れ始める状態で人生の意味を見つけるのは難しいと私は思う。精神力が強い老人ならば、何か達成しなければならない使命感に支えられている老人ならば、壊れ始めている体であっても生きる意味を見いだせるかもしれない。

五感と健康な体を持っている老人であっても認知症や精神障害などがあれば、生きることの意味を見失う。

やはり、

バランスだ。肉体も精神も程よいバランスが維持できていないと生きるための意味を見失う。誰もが老化で不自由な生活を送ることになる。不自由な生活環境で如何にして生きがいを見つけるかで幸せを感じる機会が生まれる。老化に負けない、生きている意味を噛みしめる使命感を80歳になったときに見出していたい。

私が80歳になるまであと17年ある。これからの17年間、視野で問題が起きないことを願っている。今わかることは、年齢とともに緑内障で視野が狭くなって行くという事だ。

この記事「生きている意味を見失う老人が多いのではないか?」のポイントは、

  • 何か生きる目的があれば、それに向かって残りの人生を費やす事が出来る
  • 80歳を過ぎた自分の姿と生活風景を想像してみると「孤独」という文字が全面に出てくる
  • 老化に負けない、生きている意味を噛みしめる使命感を80歳になったときに見出していたい

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