幸せを感じる方法

大人になり、老人に成り始めると子供心を忘れる。純粋に見たもの、聞いたこと、触れたこと、感じたことを素直に受け取れない。人生経験で得たフィルターが邪魔をしている。今までに経験したことがない現象や事に直面すれば新鮮な感情が生まれてくる。そのような新鮮な体験を求めるのは難しい。偶然、そんな体験をしたという結果に過ぎない。

最近、感動したことは10年間乗っていたプリウスを新車ホンダFit RSに取り替えたこと。10年間のうちに色々な機能が自動車に追加されているのに気がついた。その一つに一時的なサイドブレーキ機能がある。今まで信号待ちで止まるたびにブレーキに足を置いていた、またはマニュアルのサイドブレーキをしていた。今は、ブレーキで止まったら自動的にサイドブレーキが起動する。アクセスベダルを少し足で押せば動き出す。このお陰で信号待ちの時に右足を休められる。

ちょっとした事であるが、今まで出来なかったことが出来てくるとそれを可能にする機械や機能に感動する。感動すると何故か良い気分になる。脳内にオキシトシンが分泌されたのだと思う。もう一つはより男性的な刺激を下記の写真から受けた。女性のお尻の形がタイトジーンズで目立つ。眺めていると心地良い気持ちになる。女性をモデルにした絵画もこんな魅力を描いているのだろう。

ジーンズ姿の魅力

眺めているだけで幸せを感じる。なかなかこんな形のお尻を持つ女性はいない。いやらしいと言うよりは芸術的な「美」である。他人のお尻を触ることは出来ないが、眺めて楽しむことはできる。高齢者はあらゆる機会を駆使して喜びや幸せを感じるチャンスを見つけるべきである。

脳内にオキシトシンが分泌されたと分かる時は感動した時が一番わかり易い。

私は20歳代の頃、自分の夢を友人に語ることが好きであった。語ることでその夢に酔いしれる。それは米国の州立大学に留学をしたいなあ!という夢であった。夢を追い求める夢追い人になっていた。このときも幸せを感じていた。必ず、米国の大学に留学してブロンド女性とデートしたい。

今は自分の夢に酔いしれることはないが趣味の筋トレで体型を改造している。スクワットで太ももを太くして、懸垂で肩幅を広げ、逆三角形の体型を目立たせたい。朝起きた時、夜お風呂にはいる前に洗面所の鏡に写った自分の体を眺めて69歳のシニア男性でない体型を確認している。筋トレを続けると体型は知らないうちに変化している。それに気がつく時に幸せを感じる。目標にちょっとづつ近づいていると分かるからだ。

自然に喜怒哀楽を受け入れる老人に成りたい。

最近、幸せを感じたことがあっただろうか?

今月、アップルが新しいMacbook Airを発表し、販売し始めた。次男が就職をした時に仕事のツールとしてMacbook Airを買ってあげた。それからもう10年ぐらい経過した。彼が使っているMacbook Airのバッテリーは劣化がひどくなっているのが想像つく。彼は先月他界したおじいちゃんに色々とお世話や訪問をしてくれた。その姿を見てなにかしてあげたいと思わざるを得なかった。

そこでおじいちゃんの相続金を使って次男に新しいMacbook Airを買ってあげた。20万円近くする高価なモデルであるが、大切に使ってくれると思っている。自分以外の人の事を思い、何かプラスに成ることを実行すると良い気分を感じ取れる。

感動する

シニアはどれだけ日常生活の中で感動する機会があるのだろうか。個人差が大きいが、人それぞれの感じ方やセンサーの感度が違う。私は感じ方が鈍い。妻はちょっとした事ですぐに感動する。その意味で私は妻が羨ましい。韓国まで大谷のプレーを見に行った観光客はさぞかし現地の雰囲気やドームでの見学で今までにない体験をしただろう。そこにきっと感動が有る。

私のように午前中は横浜にあるタリーズでコーヒーを飲みながら仕事をして、午後は自宅近くのタリーズでもう一杯コーヒーを飲みながら仕事を続ける生活は感動するような変化はない。敢えてあるとするならば、タリーズで注文を受けてくれる女子大生アルバイトが私を覚えてくれて「いつものコーヒー」と言えばすぐに用意してくれることぐらいである。

毎日の生活で感動する機会を増やすにはどうしたら良いのだろうか。

筋トレとカロリーコントロールで体重を69.5キロから70.5キロの間にする目標がある。今朝の体重は70.3キロであった。この数字を見た時に「やったー!」という感動の言葉が出た。69.5キロから70.5キロの体重は理想的なBMI値22になる。あとは運動量を増やしてタンパク質を多く取り、体脂肪率を減らすのみ。目標達成からくる感動は人為的に作りやすい。

電車の中で親子連れ、杖をついて歩く老人、妊婦さんなどに出会ったら座っていた席を譲る。最近混んでいる電車に乗ることがないのでこんな親切運動はできていない。

時々妻は私を驚かす。大好きなカレーライスを予期もしない時に作って待っていてくれる。前もって予告がないのでその分感激する。自分では作れない妻独特の味付けのカレーライスは私にとってスイーツ以上の食べ物である。月に1回食べられるかどうか分からない。そんなカレーライスを作ってと言っても作ってくれないからである。

感謝する

数日前から喉風邪にやられている。いつものハーブ、エキナセア、を飲んでいたがすぐには効果が出なかったので症状はいつもの喉風邪よりもひどいと判断。妻に聞いたらジキニンが喉風邪に効くから使ってみたらと助言してくれた。ジキニンを飲み始めて2日目だが、その効果がすごい。喉の痛みがすぐに和らいできた。ただ、鎮痛剤であるので根本的には自然治癒で治すしか無い。

でも、妻からのアドバイスが喉の痛みを和らげて仕事に集中できているので「感謝、感謝」である。いつもの喉風邪はハーブのエキナセアを3日間の飲み続ければ改善した。今回はそれが出来なかった。困った時は素直に聞く耳を持って従う。それが重要であることに気づく。

いつも私はマスクをしないで仕事に出かける。電車の中は混んでいないから大丈夫と思っている。カフェでもマスクをしていないが近くでくしゃみをしているお客がいればマスクをすることにしている。妻から常時マスクをするように注意されている。幸運にも花粉症の患者ではないのでマスクがなくても花粉症は大丈夫なのだが、喉風邪はどこで菌を引き込んだか分からない。

一つだけ喉風邪になった原因が思い当たる。筋トレをやって免疫力が低下している時に夜イビキをかいでいたことである。冬のイビキは喉を乾燥させて喉の面膜を荒らす。今日は1日中マスクをしている。風邪を他人に感染さないためと喉の湿りを維持するためである。

夢を語る

人間誰しも夢がある。ある人はその夢を追求する人生を送り、他の人は夢を見て何もアクションを取らずに時代の流れに身を任せる。子供の頃に多くの夢を抱く。その夢を実現した人はその時に感激する。やっと、夢がかなったと。夢を見続けている人は夢を話すことで夢の世界に自分を陶酔させる。そんな状態にいる時は脳内にオキシトシンが分泌されている。気分が良い状態であればそれが証拠である。

60歳代でも70歳代でも夢は見れる。友人、知人にその夢を話すと夢が実現しやすくなる。夢を語ることで自分の人生をそちらに向かわせる。夢を話して良い気分を味わうと夢を実現させてみようと想う。夢を見てそれを友人、知人、家族に語ってみてはどうか。夢を語っている自分の顔を見れば幸せそうな顔になっているはずである。

夢は自分の人生の舵を取る。人生の節間に夢がある。高校生のときは米国の州立大学に留学したいという夢。大学を卒業したら、国際的なビジネスマンになって世界中を飛び回りたいという夢。いつか、自分で会社を作ってビジネスをやってみたいという夢。色々な夢が人生の節間に現れてその夢に向かって自分の人生を導く。

私が抱いた夢は時間的なタイミングは違うがすべて実現している。今振り返ってみるとそれが分かる。困っていることは69歳から他界するまでにどのような夢を見て過ごすべきかである。

好きなことをする

追うべき夢が見つからないときは「好きなこと」することである。私はそう思っている。年齢が70歳近くなると生きていられるのはあと10年から20年ぐらいと予測できる。10年、20年なんてあっという間に過ぎてしまう。その間に自由に動かせていた体は年齢とともに動かなくなる。そうなる前に好きなことを思いっきりやってみたい。

今続けている趣味にもっと没頭してみる。好奇心を覚えたことに挑戦してみる。好きなことをリストして一つづつやってみる。何か目標があるならば、その目標に向かって邁進してみる。出来る、出来ないで判断しないでやれるところまでやってみる。喜びや感激はその途中で得られるからだ。

最近、性的な欲求が変わってきた。女性の裸体を見るよりも下着が見える見えないファッションをしている女性に興奮する。素晴らしいプロポーションを目立たせるレギンスやブラウスを着た女性にも目が行く。若者とは違って性的な刺激がダイレクトよりも間接的な刺激に変わる。電車の中で見かけるかわいい女学生を眺めるだけで「かわいい!きれいだな!」という感情が出てくる。

自分の感情に正直になる。そうするとまた違った風景が見えてくる。

親切にする

過去の親切にされた経験がある。同時に親切にした経験もある。どちらのケースでも親切という行為から幸せ感を味わった。色々な方と接することが少なくなっているため、親切なことをする機会がなくなった。意識して探してみると混んだスーパーマーケットのレジ列で小銭が足りなくなって困っている高齢者に小銭をあげるくらいしかない。

親切な行為は対象になる人間がいないと始まらない。重要なことは困っている人を見つけたら躊躇なく手を差し伸べる姿勢であると思う。

駅の近くで通行人に無料ティッシュを配っているアルバイト学生がいる。そんなとき、こんなことを私は思う。多くの通行人はアルバイト学生が手渡すティッシュを受け取らない。広告、宣伝のためのティッシュであることがわかっているからだ。ただ、アルバイト学生は1日のノルマがある。その裏事情を知っているのでいつも手渡される無料ティッシュを複数個頂いている。

仕事をしている裏事情を知っていれば、働いている人を助ける方法も見えてくる。但し、誰にも迷惑がかからないことが大前提で。

結論

69歳になった今年、自分の寿命が長くて10年から15年ぐらいではないかと感じている。年数を数えられる寿命になった時、何を思うのだろうか。私にとってお金は食べて生きていけるだけあればそれで十分であると思っている。老後の貯蓄に邁進する高齢者には成りたくない。その理由は貯めたお金を満足が行くように使い切れないで残してしまうからである。自分が稼いだお金は自分の幸福のために使うのが通りにあっている。

幸せホルモン(オキシトシン)の分泌を促す生活をすることで精神的な満足感を味わえる。高齢者の多くは物を必要としていない。多かれ少なかれモノは満たされている。

幸せホルモンのオキシトシンを味わうには下記のことを引き起こす行動をする必要がある。

  • 感動する
  • 感謝する
  • 感情を素直に表す
  • 他人(推し)を応援する
  • 他人の幸せを祈る
  • 夢を語る
  • 触れ合う(スキンシップ)
  • 好きなことをする
  • 友達と食事する
  • プレゼントを贈る
  • 親切にする

70歳を迎えたら上記の事を実行して幸せホルモンのオキシトシンを味わいたい。どうせ他界する運命に有るならば、幸せな感覚を味わいながら残りの人生を送りたい。

 

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