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年寄りになると若い人たちとの交流が少なくなる。いつも、遠くから若い人たちを眺めるときが多い。双方向の会話や交流は殆ど無い場合が多い。何か仕事をしていれば、仕事仲間に若い人たちがいる。そんな環境にいれば、若い人たちとの会話や交流はある。

でも、

若い女学生・女性に話しかけられると言うことはない!

about me

嫌な老人になりたくないと思っているのに自分で老害をしているときがある。後でそれに気がついて後悔をする。そんな経験がないだろうか。

自分の老害に気がつく前に他人の老害に気がついてしまう。横浜の街中を歩いているとそんな老害を撒き散らしている老人たちに出会う。数人で肩を組んで大声で喋りながら歩道を歩いている。後ろにいる人たちの事を気遣う様子もない。高校生のグループと同じである。

高齢者は変化と刺激を求めて外出している。外出することで足の健康を維持しようとしている。老人の人口が増えていることが肌で感じる。目的もなくデパートの中で足を休めている老人を見る。

老人たちすべてが品があり、周りに気を使っている人たちではない。暇な老人たちほど街中で目立つ。

65歳で会社を卒業し、パートやアルバイトの仕事につくシニアが多くなる。65歳はまだ若いし、働ける身体であるからだと思う。仕事があれば、お金を老後のために貯めながら現状の生活を維持できる。収入は減るが、それを補う年金収入が手に入る。

60歳代で働けるうちはお金を稼ぐことが老後の生活で優先されるのだが、70歳を過ぎる頃から加齢による健康障害が出始める。体力と免疫力が急降下して病院通いが始まる人が多い。パートもアルバイトも健康障害で出来なくなる。お金を稼ぐことよりも自分の健康を維持することに頭が一杯になる。

お金稼ぎは老後の生活に潤いと心の余裕と安心を与えるのだが、今まで当たり前と思っていた健康で問題が起きる。健康はお金で買えるのか?それは疑問である。

70歳を過ぎる頃から体の調子が悪くなり医療費の負担が重くのしかかる。年金生活では、医療費の負担が大きい、小さいで娯楽に使えるお金が減る、増えるにつながる。体が健康で病気にならない老人は、お医者さんには縁がない。年に1回の健康診断だけだ。そんな老人が増えていけば、老人医療の問題は減少するのだが現実は逆である。

70歳を過ぎると病院に通う老人が増えてくる。原因がわからない体調不良で病院通いが増える。医療費の負担が毎月発生する。なんとか体を健康な状態にして要らない医療費の負担を無くしたいと思うのは私だけではないなずだ。

医療費を少なくするには意識して病気に強い健康的な体作りをするしか無い。

多くのシニアが自分の老後に発生する医療費や老人ホームのお金を今から気にしている。

医療費は、健康を維持できていれば発生しない。老人ホームは、自分の世話ができていれば行く必要はない。当たり前なことであるが、このことを真剣に考えてアクションを取っていないシニアが多い。

老いてきても健康な生活をしている高齢者は多い。そんな高齢者は、毎日、体を動かし続ける生活のリズムを持っている。農業に従事している高齢者は、80歳以上になっても普通の生活が出来ている人が多い。足腰は、毎日の農作業で自然と鍛えられているからだ。都会の高齢者は、足腰を積極的に使わない隠居生活に入っているため身体が衰えている。

老後のお金を気にしているシニアは、お金を貯めるよりも衰えて行く体の健康に投資したほうがリターンが高い!

医療費と老人ホームでお金がかからないようにするには、自分の身体を健康にする生活習慣が重要な役割を果たす。

今の生活は、夫婦二人だけの生活である。子どもたちは大人になり、独立した人生を送っている。初孫が生まれおじいさん、おばあさんになった。日々の生活は各自のライフスタイルを追求した生活になっている。私はインターネットの仕事で平日は外出。家内はピアノの個人教授と新しい曲への挑戦、そして、隣人の奥様たちとのおしゃべりで時間が過ぎて行く。

今の生活が私達夫婦にとって「普通の生活」になっている。まだ、二人とも60歳代であるので健康で体力がある。60歳代は人生のご褒美を自分たちにあげる年代ではないかと感じている。健康な身体があれば、好きなことが出来る。これが70歳、80歳代になると健康障害で身の自由が制限され始める。「普通の生活」が成り立たなくなる。 

残りの人生、後10年から40年の間に運命に従った生活が始まる。老化は避けられない。身体が不自由になれば、他人の手を借りた生活になり、今のような「普通の生活」が楽しめなくなる。子どもたちの独立と同時に自分の人生を楽しむことに集中できる。個人差はあるが、少なくとも子供のことは一時的に忘れることが出来る。夫婦二人だけで一緒に楽しめる60歳代を無駄にしたくない。

65歳になり、自分の寿命を考えている。80歳まで生きられることを願いながら夫婦の生活をダウンサイジングする方向で舵を切り始めた。自分ができる範囲で何ができるかを考える。昔から私の所有物は少ないのでダウンサイジングするのは簡単だと思っていたが、マンションに住み始めて27年も経過すると知らないうちに使わない物が累積した。

子供の部屋はすでに物置のような状態になっている。殆どの物は独立した子供の物が多いのだが、知らないうちに私達夫婦の物が増え始めた。マンションの部屋には、収納するスペースが限られているため空いている部屋のスペースがどうしても物置化する。

65歳になると老後の不安が年齢とともに増えてくる。最初に頭に浮かぶことは(1)働けなくなった時に必要なお金が十分あるかどうか、(2)何歳まで普通の生活を自立してできるか、(3)健康を維持するにはどうしたら良いか。

老後の生活の上でお金は重要だが、健康なくしてお金を心配する意味はない。お金がどんなにたくさんあっても健康でなければ老後の人生を楽しめない。

93歳の義父の介護支援を妻と一緒に週1回行っている。義父は何とか一人で自立した生活をしている。私達の視点や世間の見方では、年齢的に老人ホームで生活をしたほうが安心な年齢であるのだが、まだ、自立した生活が自宅で出来ると言っているので私達夫婦は彼の生活支援をしている。

義父の体力は落ちてきている。彼の生活は、朝起きて2階にある部屋に階段を上がって着替えをする。階段を降りてキッチンで朝食を作る。朝食後は、新聞を2階の部屋で読みながら大画面のテレビを見る。

65歳のシニアは人生に迷い始める。今までに経験した事が無い世界に置かれるからだ。通い慣れた会社から、「もう、きみは会社を卒業したんだから一人で生きて行きなさい。そのために退職金と第二のキャリア研修を提供したのだから。自分で自分の世界を開拓しなさい。」と言われたからだ。

組織にぶら下がって保護された世界で生活を長く送ってきただけに組織から放り出されると自分に自信が持てない。こんな65歳のシニアが多い。

今までの会社生活にはめ込まれた人生観が会社を卒業するときに崩壊する。会社を中心に人生を考えていた生活から自分を中心に人生を考える変化についていけていないシニアがほとんどである。会社生活中心のモメンタムがまた会社に再就職するという活動につながるのだが、社会は冷たい。再就職ができない年齢になっていることに気がつく。

会社から自分に人生の考え方を変えるときが来ている。

立ち止まらないで人生の考え方を変える行動をする!

今週のニューズウィークの表示タイトルが、「一生働く時代」であった。内容は読んでいないが、言いたいことは分かる。人間の寿命が長くなったために今までの社会慣習では上手く行かなくなったのだ。日本では、定年退職が人生の一括りになっているが定年後の人生が長くなっている。60歳で退職してから20年以上生きる高齢者は、何を羅針盤にして生きて行けば良いか分からない人が多い。

でも、

長生きをした人にどのような生活であったかを聞けば良いのではと思う時がある。

人生はこうでなければならないという法則はない!

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