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来年64歳になるシニア男性である。最近、感じることは身の回りや社会の出来事に無関心になってきた。好奇心が若いときほど湧いてこない。何故、なんだろうか。決して生活は満たされているとは思わない。普通の生活が出来ているだけだ。金持ちでもないし、貧乏人でもない。お金に困るような生活環境でもない。

還暦を過ぎて感じたことは、新しいことに対して積極的に体験しよう、学ぼうという気にならないことだ。多分、楽をしたいではないかと感じている。ひょっとしたら、面倒なことをやりたくないためではないか。どうだろうか?

新しいことは面倒だと思う高齢者

私の知人が60歳で定年退職をした。次の職を探しているのだがまだ見つからないでいる。半年後に失業手当が支給される。それまで職を探しながら自由な時間を旅行に行ったり、色々な展示会に行ったり、好きな事に時間を使っている。多くの定年退職者は、今まで蓄積されてきたやりたくても時間がないためにできなかったことをこの時にやろうとする。

次の勤め先が見つかれば、それで良しとする考えなのだが世の中はそううまく回らないのが現実だ。彼は、毎日何をしようかと悩んで思いつくことをやっている感じがする。自宅にいても自分の居場所がない。見た目は孤独ではないのだが、内心は孤独という闇が近寄ってきていることに気づいているようだ。

会社勤めをしている時は、近くに同僚がいる。同僚と一緒に飯を食べたり、上司の愚痴を言ったり、居酒屋に行ったりして共通の空間を楽しんでいた。今は、そんな空間がない。それ故に寂しさを感じている。孤独=寂しさ。一人で自分の時間を楽しむ知恵を習得しないと孤独がという闇が襲ってくる。

孤独はシニア誰もが直面する

60歳を過ぎると自分の運命の終着点が見え始める。終着駅は、時間の差はあれ誰もが同じ駅に到着する。終着駅に到着する間に何度も途中下車をしてその時の年齢にあった時間を楽しむ。その時間の使い方は、人それぞれ。あるシニアは、成人病で病院通いの時を過ごす。別のシニアは、自分が作ったビジネスに夢中になって充実した生活を味わう。良い、悪いの評価で判断するのではなく、自分がどのように自分の時間を使ったかである。

人生を考える時に俗物的な価値観は年齢とともに価値を失っていく。大切な事は、自分の時間である。終着駅に到着するまでの時間を満足が行くように使っているかどうかである。小さい事でくよくよして無駄なストレスを抱えながら生きるのはつまらない。自分の時間を楽しむ事を前向きになって考え、実行する。

老いて来れば今まで以上に頭で思った事が出来なくなる。それを大前提に残りの人生を楽しむ事を計画する。老後の生活で重要な事は、「普通の生活をどれだけ長く維持できるかだ!」

前向きな人生

少子高齢化社会で高齢者の労働力が必要とされるとメディアと政府は、叫んでいる。 現実はどうか。2017年度に65歳以上の高齢者が870万人、生産労働者ということだ。この傾向は、年々増加していくかもしれない。若者の人口減少の穴埋めのために主婦や高齢者がその対象になる。それでも足りないので外国人労働者に求め始める。

今後、若い外国人労働者が国内の労働市場に入ってくると人手不足の会社は効率が悪い、融通がきかない高齢者労働者の首を切り始める。雇用される立場にいる弱者の労働者はいつもそうだ。

65歳以上の労働者が何歳まで雇用され続けるのだろうか?体力的に言って雇用する側も雇用される側も70歳を過ぎたら一つの節目と考える。

70歳を越えても働きたい、働かねばならないシニアはどうするのか?

63歳の私は、本日、インフルエンザ予防接種を受けて来た。昨年は、しなかった。今年は、こんな理由でインフルエンザ予防接種を受けた。

  1. 免疫力が60歳代から徐々に落ちてくる
  2. 筋トレ後に一時的に免疫力が落ちるのでその時の予防対策
  3. 家内がしきりにインフルエンザ予防接種を受けろと言ってくる

確かに、60歳を過ぎると体の免疫力は低下してくる。そのため、今までに経験をしたことがないような病気にかかってしまう。体の弱い部位から病気が発症するからだ。免疫力が強ければ、体の弱い部位があっても防御してくれる。老化を体に感じ始めたシニアは、万が一のためにインフルエンザ予防接種を受けたほうが身のためであると私は最近思い始めた。

なぜ、65歳以上の高齢者は市の保健所からの補助があり割引金額になるのか!

そごう横浜店の正面入口のフロアーは、食品フロアーになっている。ランチ時間帯は、シニアたちが美味しいお弁当を買いにやって来る。

ただ、問題がある。

お弁当を気楽に食べる場所がそごう横浜店の中にない。あってもエレベーター下にある休憩長椅子ぐらいだ。フードコートのような場所がそごう横浜店内にあるとお弁当の売上が上がると思うのだが・・・!

仕方なく、横浜駅周辺でお弁当を買って食べる場所を探してみるとこんな場所が見つかる。

横浜駅周辺でお弁当を買って気楽に食べれる場所は?

天気と気温が秋に成り、暑くもなく、寒くもないためか、老人たちが自宅を出て街に来ている。自宅に居るよりは、体を動かす意味と脳への刺激を与える意味で外出は健康に貢献する。65歳を過ぎれば、顔や体は老人の風貌を装う。若者たちから老人だと呼ばれても反論は出来ない。

筋トレで元気な老人が増えてくると今日、横浜の地下街で見た老人の数が2倍、3倍になる。想像しただけで異様な雰囲気だ。QBハウスの床屋は、朝から老人が並んでいた。老人の姿が目立つ。そういう私も老人のはしくれだ。自分はそう思っていないのだが、他人は私の事を老人と呼ぶ。

老人の社会がやって来ている。

老人が社会で目立つのは良い事か?

一度仕事を辞めて引退生活を始めるとあらゆる面で現役復帰の問題を抱える。体力、健康、生活習慣、気力、人生観などだ。これらの困難を乗り越えて現役復帰が出来る人は、相当の事情を抱えている人ではないかと思う。一般人の高齢者は、老後の楽しみを求め始める。その方が楽だからだ。

多くの老人は、趣味に老後の楽しみを見出そうとする。新しい趣味であれば、刺激と好奇心が生まれるが今までやってきている趣味の延長である場合は目的がないと長くは続かない。飽きてしまう。できれば、新しい趣味を見出すか、自分で作り出したほうが新鮮で楽しみ甲斐がある

新しい目的を追求するとそれが趣味になる!

世代を越えた気楽な対話が若者たちと出来れば、シニアは若者たちから生きる刺激を頂ける。同時に若者たちの価値観も学べる。60歳代と20歳代のシニアと若者が一緒に楽しめる事があるのだろうか。

あるとしたならば、共通の趣味か、スポーツではないか。

私の息子たちは、30歳と27歳だ。息子たちと話をする機会は少ない。食事を家族で一緒にしても会話は家内中心になる。息子たちと会話をするにしても仕事や趣味の話ぐらいしかない。 なんと寂しいことか!

理想と現実

家内の実家で義母の介護を夫婦でしている。義父が90歳、義母が85歳。先月まで義母は普通の生活をしていた。転んで頭を切り、背骨に圧縮骨折をして病院に救急搬送された。今は、自宅で療養しているのだが、一人では何も出来ない状態だ。そのため、急遽、横浜にいる私たち夫婦が東京の両親のもとに来て介護をしている。

介護サービスで1日3回のヘルパーサービスを受けているが、介護保険補助金額を越えているサービスであるため超過料金の個人負担がびっくりするほど高額になっている。この金額を見て、「年取って介護される身になりたくない!」と心のなかで叫んだ!

介護される側する側の負担を見る

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