62歳になって自分の生活をシンプルにしようと考え始めた。まず、やり始めた事は、銀行口座の整理である。口座を作って使っていない通帳が多い。取り敢えず、大手銀行に対して一つ口座を残している。みずほ銀行、三井住友銀行、三菱UFJ銀行、りそな銀行、ゆうちょ銀行など。それぞれの口座は用途別に使っている。

問題は同じ銀行に複数の口座があること。使っていれば良いが使っていない。そこでこの問題を整理した。使っている銀行口座だけにした。使っていない口座は全て解約。衣食住と言う視点で自分の生活をスリム化しようとすると住居内にある物を整理することになる。

何が満たされていて、何が余剰な物であるかを明確にすることで処分する物が見えてくる。60歳を過ぎたら日常生活で使っていない物を整理する時期になる。知らないうちに出番を失った物が自宅に累積して行く。夫婦二人の生活で日常的に使う物は限られる。

衣食住が満たされていれば、基本的に問題がない生活が出来る。無駄が多い生活を見直す良い機会になる。

少子高齢化社会で高齢者の労働力が必要とされるとメディアと政府は、叫んでいる。 現実はどうか。2017年に65歳以上の高齢就業者が870万人、2020年では906万人に増加している。この傾向は、年々増加していく。若者の人口減少の穴埋めのために主婦や高齢者がその対象になる。それでも足りないので外国人労働者に求め始める。

今後、若い外国人労働者が国内の労働市場に入ってくると人手不足の会社は効率が悪い、融通がきかない高齢者労働者の首を切り始める。雇用される立場にいる弱者の労働者はいつもそうである。

65歳以上の労働者が何歳まで雇用され続けるのだろうか?体力的に言って雇用する側も雇用される側も70歳を過ぎたら一つの節目と考えられている。70歳を過ぎたら働くことをやめるシニアがどれだけいるだろうか。年金が足りないシニアは働かざるを得ない。

雇用する側がそれを良しとすれば問題がないが、多くの会社は体力と健康面で70歳過ぎのシニアに不安を感じている。定年がない会社で働いていれば、自分の決断で仕事をやめられる。現実はそんな会社が少ない。自分の都合を優先できる働き方はいつも一つしかない。

外で仕事をしているとスーパーマーケットで買い物をする時がある。昔と違って多くのスーパーマーケットではポリ袋を有料にしている。私が利用するOKストアでは、自前の買い物袋を持ってくるのが前提になっている。リュックに入る量の買い物であれば、問題がないのだが、時にはどうしても別の袋が必要になってしまう。

ご婦人方は毎日の生活習慣としてバックの中にエコバックを2つ、3つと持ち歩いている。私の妻はいつも3つのエコバックを持ち歩いている。その理由はポリ袋を買わないで買い物をするためである。書くものによって使うエコバックが違う。軽いもの、重いもの、大きいものなど重さとサイズで取り出すエコバックが違う。

スーパーで買物をあまりしないシニア男性は直ぐにポリ袋を買ってしまう。エコバックを持ち歩く習慣がないからである。私は妻の影響でエコバックを1つだけ持ち歩いている。仕事帰りに近くのスーパーで買物をしてほしいと妻に頼まれた時に使っている。

エコバックはシニア男性もいつも持ち歩く時代になりつつある。ポリ袋を買うのは無駄遣い。年金生活では製つ役が基本だからだ。どうせ、エコバックを持ち歩くならば自分にあったものが良い。

シニアの男性になると自分から話しかけるということが面倒になる。歳を取るに従って言葉数が減っていく。女性はその反対でおしゃべりがないと生きていけないほどお喋りをする。私はカフェで仕事をする時、スタバの店員と話をする時以外誰とも声を出して会話をすることがない。インターネットの仕事はパソコンとサーバーとの会話でしかないからだ。

それ故、意識的に誰かと会話をする努力が求められる。人との温かみを感じるのは言葉を交わして心の会話をする時である。先日もそんな会話をしていた。

80歳の越えても普通の生活が出来ている老人が多い。私の観察では、元気な人は体を鍛えている。定期的な筋肉運動やちょっとしたスポーツをしている。体の新陳代謝を活発にする生活習慣を持っている人たちである。元気で健康的な体を持っていると次に困るのは、「暇な時間」を何に使えば良いかだ。

私達の体は神様から借りた体であると思っている。借りた体は返さねばならない。それが死というイベントになる。いつ借りた体を返すのかは神様のみが知っている。その時まで借りた体を使ってこの世を楽しめる。そんな感覚が年齢を重ねる度に強くなる。

仕事柄複数のパソコンを所有している。使っているパソコンもあるし、置いてあるだけのパソコンもある。パソコンは古くなると腐りだすからだ。私は、3年毎に新しいノートブックパソコンを買って使っている。3年経つとOSもハードウエアも技術革新が著しくなるからだ。

現在、使えるパソコンが7台あるのだが実際に使っているパソコンは4台。Windows 11 OSが登場するとOSをアップデートできないモデルも出てくる。私のWindowsパソコン全部がWindows 11 OSにアップデートできない。Windows 10でしばらく使うしか無い。数年後にはWindows XP、VISTA、Windows7& 8のPCのように破棄される運命にある。

現在所有のパソコンをどの様に使うかは古いパソコンを大事に使っているシニア層にとって色々と考える必要がある。

VISAデビットカードとSUICAカードは同じようで同じではない仕組みがある。SUICAカードは、お金をカードにチャージする。チャージした以上の支払いはできない仕組みだ。その点、使えるお金の限度額が多くても1万円である。SUICAカードの盗難にあっても最悪1万円の被害でしかない。

VISAデビットカードは被害が大きくなるので危ない!

シニアと若者の違いは人生経験にある。そんなシニアでも自分たちの老後がどのような生活になるか分からない。今、70歳以上のシニアは自分たちの生活を情報として発信できていない。

多くのシニアは著名なシニア作家が書く「老後の人生に関する書籍」を参考にする。私のようにホームページ上でシニアの人生を発信している人は少ない。有名人の老後と庶民の老後は同じでない。著名なシニア作家が描く老後の人生は庶民のシニアとかけ離れている。衣食住で困らないシニア作家が描く日常は衣食住で困っているシニアを描けない。

老後の人生は老人に成らないと分からない点が多い。人それぞれ違った老後の生活を送るからだ。今までの生活習慣の付けが年老いた体と生活に出る。年金が足りなくて生活費を稼ぐために働かざるを得ないシニア、運動不足で体の筋肉を失い歩行障害を味わう老人、普通の生活を維持できているお年寄りなど老後の人生が違う。

駅の構内を歩いている老人の後ろ姿を見て若者は何を理解できるだろうか。なぜ、老人たちが日中外出して町中を歩き回っているのか、その理由を知る由もない。老人は健康を維持するために自宅を出る。老人になると自宅にこもる生活になる。自然と運動不足になり筋力を低下させてフレイルになる。それを防ぐために医者は老人たちに外出して歩き回れと助言する。

シニアも若者も老後の生活を想像できていない。事前の予備知識がないからだ。誰も老人の生活について講義してくれない。老人に成るとどうなるかを知るのは今まで経験したことがない病気にかかって病院に行ったときである。医者からは老化現象ですよと言われる。

転倒で骨折し、介護ベッドに寝たきりになる老人が多い。介護ベッドの上では体を動かす活動が殆どない。当然、食欲もなくなる。もう一度普通の生活に戻るには、脚力を含め体力を戻すリハビリ運動をしなければならない。

ただ、寝たきり状態が長くなると老人の様態が不安定になる。元気で良く食べる時と食欲がなく寝てばかりいる時がある。徐々に食事を取る回数が減って行き、水だけを飲む生活が続く。これが1週間以上続けば、完全に老人の体は枯れていく。体の栄養が口から取れないため、体にある肉や脂肪を分解して生命エネルギーに変え始める。

体重が毎月減少してい行き、あるポイントで寝ている時間が殆どになる。長く起きているだけのエネルギーが体に残っていないためだ。

緑内障で右目上半分が見えにくくなっていると歩道を歩く時につまずいたり歩行者にすれ違ったりする時に触れてしまう。目からくる感覚が鈍くなって距離感がつかめなくなってきている。足の筋肉は大丈夫だが、目から来る距離感を測る機能がダメになってきているように感じる。

目の病気で緑内障と白内障は多くのシニアに発症する。私の緑内障はもう25年間も病んでいる。まだ、治すことが出来ない病気である。毎年緑内障で視野神経が壊れて行っている。66歳になって右目上半分、左目右上隅一部が見えなくなっている。点眼液で病気が急激に悪化しないようにしているが、確実に少しづつ悪くなっていくのが分かる。

下を向いて歩いていると前方から人が歩いてくるのが見えない。直前に成って前に人がいると気付く。歩くときは出来るだけ前方に目を向けて歩かないと前からやってくる歩行者にぶつかってしまう。自動車を運転している時、時々、目を上にして信号機を見ないと信号機の色が分からない。時間の問題で自動車の運転を諦めねばならなくなる。

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