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老いる気分

be happy

誰もが老人になっていく。1年が過ぎ、また、1年が過ぎて知らないうちに若者が老人になっていく。41年前は20歳であった私がもう61歳だ。心は20歳なのだが、体は61歳に成っている。黒くフサフサしていた髪の毛も今では薄く白髪とグレー色である。朝起きた時に鏡に写る自分の顔を見て夢を見ているかのように感じる。 

老いる気分は喜べない!

自分が老いてきていると言う事に気が付くのは、自分の子供が結婚式を迎える時かもしれない。世代が変わる時だ。長男が結婚して新婚旅行から帰国した。私たち夫婦もそんた時があった。33年ほど前だ。長男夫婦も30年後には今の私たち夫婦のように年老いる。後を継ぐ者ができた時点で私たちは若さを失う

生まれ変わりが私達の子どもたちだ。そうして、永遠の命が受継がれて行く。生まれては死んで、生まれては死んでいく私達の運命だ。

私の父や母から受け継がれたDNAが私達の子供に受け継がれ、そして、孫達に引き継がれていく。時の流れは分かっている。誰もが逆らうことが出来ないことも。体には寿命がある。体の寿命のステージごとに人生のドラマがある。年老いていく過程に予期もしない変化が伴う。良い悪いという価値観はそこにない。事実を事実として受け入れるだけだ。

駅の階段を登り切ってしばらくすると息が切れ始める。体がついて行っていないことの証拠だ。若いころは、酸素が体に十分あるので階段を登り切っても息切れはなかった。年老いるとこれが当たり前になる。一瞬病気かと思う時がある。 

朝起きる時に腰痛を味わう。最初にこれを味わった時にこれは病気ではないかと思ったぐらい原因がわからなかった。友人知人に聞いてみるとそれは老化現象だということに辿り着いた。スポーツセンターで高齢者向けの腰痛運動が無料で開催されていたことを思い出す。

50歳を過ぎた頃から腰痛を予防する腰痛運動をする必要があるらしい。61歳になった今は、家内と一緒に寝る前に腰痛運動と足のストレッチ運動をしている。これをやれば、朝起きた時に腰が痛くならない。その日の疲れはその日のうちに取り除くための運動だ。 

若さが有れば、回復力があるので体が疲れを自然に吸収してくれる。老人は、回復力が衰えるので意識を持って疲労を取る運動をしなければいけない。老いる体は、メンテナンスを絶えず意識しなければならない。メンテナンスは、筋肉を鍛えるというところまで行く。老いて来ると筋肉が急激に衰えてくるからだ。 

足の筋肉と柔軟性、そして、バランス感覚が衰えてくるのが肌で感じる。自分の体が壊れて行くのが分かる。 

怪我でリハビリをする運動選手の気持ちになる。リハビリは痛みを伴う。元の体に戻すには、痛みを伴う運動を継続しなければ元に戻らない。老化による体の衰えは、痛みを伴うリハビリのように筋肉を鍛えるのと同じだ。体が疲れたと言って歩くのを止めたら、翌日はもっと歩けなくなっている自分を見つけることになる。

老いによる体の衰えは、知らないうちに進んでいる。衰えに気が付いた時はちょっとまずい状態に成っているかもしれない。老人ほど予防医療と運動を意識する必要がある。

足を動かすことに違和感を持ち始めた時点で足の筋肉は既に減少しきっている状態だ。筋肉量を増やす運動がすぐにでも必要な状態に成っている。それは、苦痛と忍耐が伴う。その時に諦めてしまうと自分の足で歩くことが出来なくなる。そうなる前に足の筋肉を維持する筋力運動をする必要がある。意識がないとこれが出来ない。人間は楽をしたがるからだ。

老いる気分は楽しめない。当たり前のことが出来なくなるからだ。当たり前のことを出来るようにするには、それが出来るようにするための意識とアクションが伴う。

 

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