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普通の生活が自分で出来るのが幸せだ!

61歳になって健康に問題がなく普通の生活が送れている今が一番幸せなのかもしれない。私達の体は、60歳を境に下り坂になるようだ。友人知人は次第に話題が健康と病気に移っていく。誰もが老化による体の異変に気が付き始めた

病院に行くのが一番嫌だ!

年に1回人間ドックを受けている。当然、病院に行くことになる。健康な人が病院に入ると自分自身も病人になった気分になる。人間ドックの検査が終わって病院から離れて普通の生活が行われている世界に戻ると安心する。経済的な余裕はないが、しあわせ感は普通の生活ができている自分に対して感じている

街中を歩くと杖を付きながら歩いている老人を多く見かける。ああはなりたくないと思う。足の筋肉は知らないうちに衰えていく。意識して鍛えないと70歳を越えた時に突然足が重く感じ疲れやすく成っている自分の体に気が付くかもしれない。

70歳はある意味で健康な体を維持できているかどうかの折り返しポイントではないか。後、9年ある。この9年間のうちに足の筋肉を維持する運動習慣を身につける必要がある。スクワット運動が一番良いのだが、腰痛で腰を曲げる姿勢になると左足にしびれが走る。別のトレーニングをする必要がある。 

老人が一番陥りやすい障害は、足の運動不足だ。 

動物もそうだ。足をやれれると動物は生きていけない。私達人間も同じだ。自分の足で動けなくなると普通の生活が出来なくなる。

普通の生活ができるということがシニアの間で憧れの的になる。普通の生活が出来ない障害に見舞われる高齢者が多い。認知症の老人、糖尿病、所謂成人病と言われる病気になると普通の生活が制限される。

自分の足で動けない生活なんて典型的な普通の生活が出来ない生活だ! 

病院での生活を余儀なくされると完全に普通の生活ではなくなる。老人にとって病院は、不幸せを味わう場所に映る。米国では、介護施設や老人ホームをDeath House(死の館)と呼んでいる。自分の死がやって来るのを待つ場所なのだ。普通の生活さえ出来ていれば、自分の家で自由な時間を過ごせる。

歳を取るに連れて「普通の生活ができる=憧れの的」になっていく。 普通の生活が段々と出来なくなるのが老人だからだ。こんなことを今まで考えたこともなかった。歳を取ると普通の事が普通でない価値を生み出すことに気が付く。元気な体を持っている若者たちには想像も付かないだろう。いづれ、彼らもそれを経験する時が来る。

今まで大きな病気をしていないが、治らない病気を持っている。目が見えなくなる緑内障だ。それに、右の耳の聴覚が鈍っている。子供の頃にかかったおたふくかぜの熱に神経がやられたからだという。この2つの病気が私の持病と成っている。持病と一緒に死ぬまでお付き合いとなる。 

今、星川駅のマクドナルド店でこのブログを書いている。腐ったような臭がするハンバーガーを食べているお客が回りにいる。ファストフードは米国でもジャンクフードと言われて健康に悪いと判断されている。若い人たちは、それに気がついていないらしい。 

老人との会話が自分たちの健康と病気に集中するのは実に面白く無い。シニアの人たちが交流する時のプロトコルが健康と病気の話題なのだ。誰もがこれから耳にするキーワード(健康と病気)だ。 

 

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