何度も同じ話を繰り返す老人は本当に認知症なのか?

87歳になる義母が入居している老健施設に週1回のペースで面会に行っている。老健施設のお世話になってもうすぐ1年が経過する。背骨の圧迫骨折で自宅での生活が困難になり、老健施設での生活になった義母である。面会に行って世間話をするのだが、義母の話はなぜか以前聞いた話を繰り返す話が多い。

何度も、同じ話を聞かせられると義母は認知症の初期段階ではないかと疑いたくなる。

87歳であるので脳が加齢で委縮して認知症のような症状が出て来ると言う。老健施設の介護士たちは、義母をどう見ているのか今度聞いてみようと思う。

同じ話を何度も繰り返して話すという現象だけで認知症になっていると判断して良いのだろうか?

こんな見方もある!

義母が元気で自宅で生活をしている時は、同じ話を何度も繰り返すような事が無かった事を私は覚えている。老健施設での生活が始まってから義母が話す事が同じ事の繰り返しになった。

同じことを繰り返し話す老人は、こんな問題を抱えている。必ずしも認知症ではない。

  1. 話をする人が少ない上に外部からの新しい話題が入らない
  2. お喋りをしたいが話す事が見つからない

老健施設には、認知症で自宅での介護が難しい老人が大勢入居している。義母のように骨折で自分の足で動く事が出来ない老人は少ない。そんな環境で普通の会話が入居者と出来るのは稀ではないか。自宅で生活をしていれば、近所の隣人や親せきなどから電話や手紙がある。老健施設では電話と手紙による情報の伝達が制約されている。

女性は、お喋りが仕事。お喋りが出来ないと精神的なストレスが増加する。私が仕事から帰ると家内が色々な話をしてくれる。友人、知人からの話で伝えたい話題や自分の考えた事、今日の出来事を話したいのだ。私はいつも聞き役になる。他の事に関心がいっている時は、聞いているふりをする。

家内にしてみれば、話をしないと気が済まない。この感情は男性にはない。本当に大切なこと以外はそんな状況にならないのが男性だ。家内でさえもお喋りをしないと気が済まないという気持ちになるぐらいであるから、義母はもっとお喋りをしたいと思う。

私たち夫婦が面会に来ると私たちは聞き役に回る。義母は何かを話したくて、話したくて仕方がないようだ。沈黙が耐えられない義母は、どうしようもなく一度話した話題を何度も繰り返す。そんな印象がある。

老健施設では、新しい出来事が身の回りで起きない。普通の会話ができる入居者が大勢いれば、義母はお喋りで困らない。お喋りをすれば、色々な情報が会話の相手から入ってくる。それが私たちの面会時に伝えられる。世間話の情報は、人から人へ伝わる仕組みで女性は大きな役割を果たす。

私は仕事をしているので自然と色々な情報が伝わってくる。私の耳や目に入ってくる情報は、家内が興味を示すような話題ではないので話す事はない。それ故、お喋りを私からする事はない。家内は、私が興味を持って話を聞く話題でなくても勝手に自分の好きな話題を投げかけてくる。女性は、喋らずにはいられない本能が埋め込まれているようだ。

義母も何かを話したいと思っているのだが、新しい話題が伝わって来ない老健施設の環境にいるため過去の話が何度も話してしまうのだろう。そんな見方を最近私は感じ始めている。

この記事「何度も同じ話を繰り返す老人は本当に認知症なのか?」のポイントは、

  • 老健施設で生活をしている老人は、世間話が限られる環境にいる。新しい話題が伝わるネットワークが作られていない。外部からの情報が人間からではなくテレビや新聞ぐらいしかない。女性の井戸端会議のような場で情報が伝わらない。
  • お喋りをしたいのだが、新しい話題がないために過去に話した話題を繰り返し話す。女性はお喋りをしたいという欲求から逃れられない。お喋りの話題が新しくないと古い話題で沈黙を回避する。