ペットと高齢者:ドキュメント72時間「大都会 犬と猫のシェルターで」

ドキュメント72時間「大都会 犬と猫のシェルターで」を見た。色々な事情で人間に飼われていたペットたちが手放されてシェルターに引き取られている。ペットたちの顔を見ると寂しさや不安が漂って伝わってくる。高齢者は、ペットを飼う人が多い。寂しさから逃げるためだ。ペットは正直である。人間は正直でない場合が多いが。忠実なペットと人間との関係が一方通行で終わっている。ペットだけが負担を受ける。

人間のわがままでペットの人生が浪費される

私は子供の頃ペットを飼っていた。犬、猫、ウサギだ。猫はなつかないで消えていなくなった。ウサギは、知らない間に農協に売られていった。犬だけが私の周りで一緒に遊んでくれた。頭の良い雌犬「ケン」であった。ケンとの別れは、高校生になったときだ。地元を離れて全寮制の高校に行ったからだ。

ケンも歳を取って死んでしまった。子供の頃の良い思い出だけが残っている。

大人になって家族が出来たが、ペットは飼わなかった。ペットを飼うと私たちの行動が制約されるからだ。旅行にも気軽に行けない。子供以外にペットまで時間を取られたくないというのが夫婦の考え方であった。

一方でペットがいないと生きがいを感じないという人たちもいる。私が住む集合住宅は、ペットを飼う事が許されている。猫よりも犬を飼っている隣人宅が多いように思える。住み始めてもう22年が経過した。多くの住民は、定年を迎えて子供たちが巣立ちしている。夫婦二人ですきま風が吹いていると言う人もいる。

犬は本当に主人に忠実な下部である。A Dog is Man's Best Friend.と言われる。そんな忠実な下部を人間のわがままで手放す、捨てる事をする。ペット側に立って言わせてもらえば、約束違反だろ!話が違うではないか!とペットは訴えるだろう。

高齢者がペットを飼うのは良いが、ペットの人生も一緒に考えるべきだろう。自分の都合やニーズだけでペットを飼い始めて必要がなくなったら手放す行為は考え物だ。ペットの顔を見れば人格が見える。動物にも性格がある。感情がある。高齢者はペットの家族の一員にするが、下部は下部としての扱いになる場合が多い。

私がペットを飼わない本当の理由は、ペットとの別れが嫌だからだ。 

ペットの方が人間より早く死んでいく。亡くなる度に嫌な思いを味わう。それが嫌だたまらない。まだ夫婦二人で楽しい生活を続けている。ペットがいなくても寂しさは感じない。 

でも、ペットを飼う事で余生を楽しめる人たちが居る事も確かだ。ペットは人間に捨てられると生きていけない。野良犬、野良猫として育て上げられていないからだ。自分で食べ物を見つけられないので死んでしまう。

ドキュメント72時間「大都会 犬と猫のシェルターで」を見て犬や猫の人生も人間と同じだ。老後一人になったシニアが食べていけなくて自殺する事件が後を絶たない。老人ホームというシェルターで人生を終わる高齢者も多い。ペットと人間は、住む世界が違うし、生き方も違う。一緒なのは、与えられた命という時間の一部を一緒に共有する事だ。

人間は、ペットから良い所取りをする。自分の都合を優先してその負担をペットに負わせる。ドキュメント72時間「大都会 犬と猫のシェルターで」の番組は、そんなメッセージを伝えているように見えた。ペットを飼うと言う事は、別の命の世話をすると言う事だ。立場を変えて考えてみるとペットの立場がよく分かるはずだ。

高齢者がペットを飼い始めるときは、ペットの最後をどうするかも考えて買うべきではないか。 

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