20歳の時の自分が64歳の今の自分を見てどう思うだろうか?

20歳の時は、米国の州立大学に留学する夢を抱いていた。そのために英語の勉強に集中していた。上智大学の比較文化学課に1学期ほど席を置いてその年の夏に米国に留学するタイミングを待っていた。ミズーリ州セイントジョセフ市にあるMissouri Western State Collegeに転校。2年間、地平線が見える中西部の生活を味わった。

日本人は、私が2人目であった。一人目の日本人は、アメリカ人と結婚した日本女性。その意味で日本語を話す機会はほとんどなかった。そんな環境を狙って中西部の片田舎の州立大学にした。学生数2000名で規模的に小さい。寮生活を2年間して、Kansas Cityからやってきた18歳の米国人のルームメイトとGood Old Americaの生活を満喫した。

20歳の時の夢は、米国の州立大学に留学・卒業で故郷に錦の旗を飾ることであった。その当時は、卒業できない留学生が大勢いた。米国の大学を卒業する!それが難しかったので卒業の先の夢は頭になかった。

20歳の自分が64歳の今の自分を見たら・・・

今の自分を見たら、きっと驚くと思う。日本に帰国したら就職活動をして会社に就職するという一般常識があった。51歳のときに起業して会社を設立し、61歳の時、会社を清算して個人事業主として生きている64歳の自分は予想外であると思う。

起業して自分を雇用しているなんて思いもよらない。自分にそんな事が出来るなんて。20歳の自分は、英語力を活かせる会社に就職して定年退職をするという線路しか見えていなかったはずだ。

20歳の時に人生の目標が見えていれば?

英語が好きで英語力を自分のものにするため米国の州立大学に留学した。そんな目標だ。その目標が達成されたら、次の目標に向かって生きて行くのだが、その当時、これと言った目標は頭になかった。あるのは、世間常識が示唆する会社への就職である。英語力が生かせれる会社であれば何でも良いという感覚であったと思う。

もし、この時にもっと大きな目標があれば私の人生は確実に変わっていた。多くの人は、世間が作り上げた線路の上を走る列車に乗り込む。良い大学に入学して大手企業に就職できればあとは定年退職までその会社の世話になれば良い。それが当たり前の世界であった。年功序列制度はまだ生きていた。

この時に自分で起業という目標が頭にあれば、今の私は存在していないかもしれない。世間知らずの私であったので起業は失敗していたはずだ。

人生は思うように行かない!

51歳の時に起業という選択をした私だが、本当は転職という選択を優先していた。起業は最後の手段であった。結局、転職はうまく行かず、起業をした。どうも、自分の顔に起業する人と書かれていたようだ。転職先の経営者は、自分と類似の人種を嗅ぎ分ける。

幸運の女神は私に微笑んでくれた。

リスクが高いブルーオーシャン市場で起業する私を幸運の女神が支えてくれた。起業した3ヶ月間はゼロ売上。妻は心配していた。私は、なぜか、心配していなかった。なんとかなると思っていたのだ。幸運の女神は、次々にお客を紹介してくれた。

オープンソースのCMSを使った法人向けサイト構築サービスでビジネスを立ち上げたのだが、その当時、CMSは知られていなかった。便利なツールを紹介して気に入ってくれれば、お客を捕まえられた。競合他社はゼロであった。

手作業でホームページ制作をする会社やウエブデザイナーは沢山いたが、彼らと競合する時代ではなかったので自分で営業すればそれなりの売上を立てることが出来た。

私の起業は、稀に見る成功であった。61歳の時に会社を清算して個人事業主になったのは、二つの理由があった。一つは、CMSでホームページ制作をするのが当たり前の時代になったことで別のビジネスを見つける必要があった。B2BビジネスからB2Cビジネスに転換する必要があった。2つ目は、年金の一部を受給する年齢になったので100%年金を受け取るには会社組織を辞めて個人事業主になるしか方法がなかった。

最初からOne Man Businessでやってきたので合同会社から個人事業主になることでビジネスに悪影響が及ぶことは何もなかった。既存のクライアントを維持しながら新しいビジネスを開始するために個人事業主になったのだ。一つのビジネスモデルは、10年経過すると使い物にならなくなる。

今の生活に満足していれば・・・

個人事業主としてインターネットビジネスを展開している64歳のシニアを20歳の私と64歳の私は、想像もしていなかった。運命の流れで今があるという感じだ。

会社員は会社に身を任せている。自分の人生は会社次第になる。会社の経営が傾けば、その負担は社員にやってくる。リストラが始まり、路頭に迷う社員が出てくる。

個人事業主は、自分の知恵と腕でお金を稼ぐことで生計が成り立つ。自分の仕事次第で自分の運命が決まる。会社に頼る社員と違って自分しか頼れない。

20歳から64歳になる過程で現在のワークライフが作り上げられた。今のライフスタイルは、私なりに満足している。時間と場所に制約されない仕事は、自由度があり、その日の気分で変更が効く。自分の知恵と目標次第で新しいビジネスを作り上げられる。

会社員の生活をしていれば、こんなに自由でストレスフリーの生活は不可能だ。複数のRevenue Channelを持っていれば、生活費を稼ぐ上でのリスクを低減できる。会社員の場合は、会社からの給与だけであるのでリストラに会えば、深刻な問題をかけることになる。

老後の生活は、会社から個人の手に移る。自分が決定権を持ち、方向性の采配を行うことになる。20歳の時の自分は、64歳の今の自分を見て「信じられない!」と思うはずだ。

この記事「20歳の時の自分が64歳の今の自分を見てどう思うだろうか?」のポイントは、

  • 今の自分は、20歳の自分から見て、信じられないと思うはずだ。運命のいたずらが今の自分を作っているのかもしれない。
  • 20歳の時に44年先の自分の姿を想像できないが、大きな夢があれば夢を達成させるために時間がかかる。私の夢は、ライフステージごとに変わっていた。一つの夢が達成されたら、次の夢に向かうという感じだ。
  • 今の自分に満足していれば、その自分を維持していけば良い。