老害にならないためにはどうすれば良いの?

嫌な老人になりたくないと思っているのに自分で老害をしているときがある。後でそれに気がついて後悔をする。そんな経験がないだろうか。

自分の老害に気がつく前に他人の老害に気がついてしまう。横浜の街中を歩いているとそんな老害を撒き散らしている老人たちに出会う。数人で肩を組んで大声で喋りながら歩道を歩いている。後ろにいる人たちの事を気遣う様子もない。高校生のグループと同じである。

高齢者は変化と刺激を求めて外出している。外出することで足の健康を維持しようとしている。老人の人口が増えていることが肌で感じる。目的もなくデパートの中で足を休めている老人を見る。

老人たちすべてが品があり、周りに気を使っている人たちではない。暇な老人たちほど街中で目立つ。

こんな老害になりたくない!

自分の都合を押し付ける老人

ランチに行くお店がある。そのお店は、大学生が運営している。夜はバーになる。ランチは、地域住民の憩いの場として使われているのだが、主婦と老人のお客が多い。老人は常連客になる。そんなお店で良く目にするのが、暇な老人の姿だ。

このお店でランチをするたびに出会う老人がいる。彼は、80歳近い。会話をしたことはない。第三者の傍観者として彼の行動や言動を観察していた。そんな彼を眺めていると明らかに暇を持て余している孤独な老人ではないかと感じた。料理担当者スタッフやお客対応の女子大生アルバイトたちにしきりに話しかけている。

女子大生たちは、忙しいため適当に相槌を打つぐらいで彼の誘いの会話に入って来ない。傍から見ていてそれが自然と分かる。彼は、忙しいランチ時間帯にランチをしながら女子大生に話しかける。本来ならば、お客さんが少ない時間帯に来て会話を楽しめば良いのにと思うのだが。女子大生スタッフも暇だからもっと真剣にお相手できるはずだ。

多分、彼の都合でランチ時間帯しか来れないのかもしれない。彼女からしてみれば、迷惑な話だ。忙しい時間帯に仕事をしながら老人の暇相手をしなくてはならない。お互いにとって有意義でない。

気まずさだけがその場の雰囲気を作る。暇な自分の都合を仕事で忙しい女子大生アルバイトに押し付けている。その行為は、迷惑であり老害である。TPOを良く考えて暇な人が暇な人に話をする。それが自然なのだが。それが出来ていない老人が多い。

暇な老人

暇な老人たちはどこで見つけやすいか。平日の午前中の図書館に行けば暇なシニア男性たちが新聞や雑誌を読んでいる。何か目的を持って勉強や資料集めをしている様子はない。暇な時間を潰す居場所として図書館を利用している。

これから暇な老人が増えて行くと図書館は老人の暇つぶしの場所になる。何かを調べる人たちにとってはどうなんだろうかと思わざるを得ない。米国の公的図書館は多目的に作られているのだが、日本の公的図書館は利用用途が限定されている。

シアトル市のパブリックライブラリーは、職探しのためのパソコンが数十台並べられている。カフェやお店もある。地域住民のための憩いの場所として機能が拡張されている。

暇な老人が老害になるのは、仕事をしている人たちに仕事をさせないような行動をするときである。デパートの休憩場所にある椅子を暇な老人たちが独占してしまう。本来、お客様の足を休ませる椅子が利用できない。

電車の中で空いた席を取り合う元気な老人

電車の中で空いた席を取り合う元気な老人はシニア女性が多い。特に複数人のシニア女性がグループで電車に乗車してくる時に起きる。周りの乗客の状況をよく見ないで空いている席めがけて突進して座ってしまう。

幼稚園児が空いている席に駆け寄るような印象を周りの人たちに与える。

品があるシニア女性や心に余裕がある老人は、自分が周りの人たちからどの様に見られるかを気にする。教養がある老人であるかどうかが分かってしまう。

このような行動は別に老人だけではないが、目立ち始めている。老人の人口が増えてくると乗車マナーが問われ始める。優先席に若い男女がスマホを見ながら座っていると同じようなマナー違反が多くなる。

結論

老人に成ればなるほど自分が周りからどの様に見られているかを気にする必要がある。老人だからこれぐらい構わないという気持ちにならないことである。周りの人たちへの気遣いを忘れると知らないうちに自分自身が老害をもたらしているのが分からなくなる。

老人は老化で風貌が醜くくなる。それに老害がプラスされると嫌がられる存在になってしまう。