高齢者が生き生きした生活を送るには

一週間が過ぎ去るのが早い。69歳になって自分の寿命が20年、30年もあるとは思っていない。後10年生きられれば79歳。私の感覚では80歳になる前までに多くのシニアが何らかの理由でこの世を去って行く。女性よりも男性である。時間を感じる感覚がその人の生活習慣で違ってくる。

暇な時間をうまく使えないシニア男性は過ぎ去る時間が遅いと感じるかもしれない。何かの目的に向かって時間を使っているシニアは時間が足りないと言って時間が過ぎ去る速度が早いと感じる。暇な生活をしているのか、忙しい生活をしているのかで時間感覚が違う。

毎日、毎日やるべき事が決まっていてそれをこなして行かないと生活が回らないというシニアは幸せかもしれない。一番良いのは年齢と体力にあった時間の使い方である。自分の活動をコントロールできる生活習慣を身につければそれが可能になる。問題は他人が自分の時間をコントロールしている場合である。

自営業で働いているシニアと雇用されているシニアでは時間のコントロール権限が違う。自営業者は自分のライフスタイルに合った時間の使い方を作れる。他人に雇用されて生活をしているシニアはそれが出来ない。仕事が忙しければ、自分の時間がすぐに消えて行ってしまう感覚を持つ。 

高齢者が生き生きした老後を送るには自分に与えられた時間をどのように料理すれば良いかで決まる。

生き生きした時間の使い方を考える

暇よりも忙しい生活のほうが時間を有効に使ったという感覚を覚える。夜寝るたびに明日やるべきことが頭に出てくる。ああやってみよう、こうやって見ようという考えで明日が待ち遠しくなる。そんな日々を送れるような生活習慣を作り出す。何も明日やることがない高齢者は明日が来るのを楽しみにしていない。ただ、時間がゆっくりと過ぎ去るのを待つ。 

70歳を過ぎたシニアが健康障害で病院通いを始めると持病中心の生活習慣が始まる。その中で自分の時間を楽しく使うことを考えないと残り少ない人生の時間を無駄に使うことになる。シニアにとって健康と体力維持は余生を楽しむ上で最低限の条件になる。 

加齢による身体の衰えは時間の使い方を変える。

高齢者は忙しいのが良い!

仕事をしなくても食べていける高齢者は時間を自由に使える。自由に使える自由があるゆえに物足りなさを感じている。やりたいことがあり、その方向に時間を使っている高齢者は、忙しい。この違いに個人差がでる。高齢者の年齢で時間の使い方が変わってくる。目的を持って生きているシニアは年齢に関係なく生き生きしている雰囲気を醸し出す。歩き方でそれが見て取れる。

街中を歩く高齢者の歩き方でその人の生き方が見える

目的を持って歩いている高齢者はその目的のために動いている。自由を持て余している高齢者達は宛てどもなく歩いている。歩き方でそれが分かってしまうほど違いが見える。暇つぶしの歩き方はブラブラした歩き方になる。行き先が分かっている歩き方はその方向に向かって勢い良く足が進む歩き方である。

暇か、忙しいか、時間を使う目的があるか、無いかでその人の老後が変わってくる。老後は自分で生活のリズムを作ることになる。働いている頃は勤めている組織が生活のリズムを作っていた。余生の時間を充実したいと思うのは皆そうであるが、時間を何に使うかが分かっている人とそうでない人ではQOLが違う。それが歩き方に出る。

体と精神に刺激を与えることでシニアの生活は活性化する 

私は働けるのに働く事を辞めて楽をしたいと思う高齢者を哀れに思う。自分で自分の死期を早めているという事実に気がついていない。歩くのをやめた猿いる。歩くという動きを止めると餌も取れなくなる。体と精神はお互いに影響しあっている。動くことを止めると精神的な刺激も失うことになる。

医者が老人に毎日外出しなさいと言う理由がこれである。身体と精神に刺激を与え続けるために自宅から一歩足を出して社会の刺激を感じさせる。何らかの変化が毎日社会に起きている。自宅ではその変化が分からない。ちょっとした社会環境の変化が老後の生活を変える。変化はシニアの身体と精神を刺激して活性化する。

物価が上がってきている。仕事でランチが外食になる。ランチ価格が物価の影響で上がった。ワンコインでランチを食べていたレストランが値上げをしてワンコインでランチを食べれなくなった。コストパフォマンスが良いお気に入りの定食屋であったが、ワンコインで昼食ができる別の定食屋を探さねばならない。

値上げで新しい定食屋を探すという行動を誘い、どんな料理であればワンコインでランチが食べられるかを考えることで精神が活性化する。肉体と脳を使う刺激が社会の変化から生まれている。社会の変化に適応できなくなったらつまらない人生を送り始めることになる。

目的を持った生活を始める

目的がない余生はつまらない。シニアが動きを止めると自動車のエンジンが中々掛からなくなる。サビ付きが早くなり酷くなる。いつもエンジンを動かしている自動車ほど長持ちする。電化製品と同じで常時使っていないと健康と体力は維持できなくなる。目的がある生活を送っているシニアは身体と脳を使っている。身体と脳を使うことで生き生きした顔と動きを導く。

高齢者がお金を貯めるのには目的がある。使う目的よりも貯めたお金で今後も食べていけるという安心感である。その安心感を得る金額まで節約生活を送る。その目的で生活習慣も決まる。病気にならないように健康維持に励み、頭を使って断捨離に励む。その結果が節約生活につながる。

何歳になってもお金を稼げる仕組み作りに興味を持って試行錯誤をしている私である。大きなお金を稼ぐというよりは小遣い稼ぎのお金稼ぎである。老後の目的は年金プラスお小遣い稼ぎである。体力があるうちはアルバイトができる年齢まで肉体労働をする。体力が落ちたら、頭を使った小遣い稼ぎの仕組みを作る。そんな目的があると世間を見る目も変わってくる。

張り合いがある老後は目的を作ることで生まれてくる。

生き生きした生活を送るには普通に歩ける脚力が必要

足の筋肉が衰えて自分の足がコントロール出来ない。引きずるように歩く。杖がないと歩けない。歩くのがしんどい。外に出るのが嫌になる。こんな状態になってすぐに何とかしようとしても事既に遅しである。

事既に遅しであるが、ここから筋トレリハビリを開始して動かなくなった足に筋肉を増やせば脚力は元通りになる。ただ、時間と労力がかかり、辛抱強く続けなければならないだけ。その努力が続かない高齢者は死期を待つだけになる。動けなくなった動物は死ぬ。人間も同じ。

普通の生活を維持するには普通に歩ける足が必要である。加齢でシニアの足は衰え始める。何も対策を取らなければ、自分の足で歩けなくなる運命になる。その事を強く意識していないと死期を早める。

足の筋トレ習慣を身につけることである。ついでに体全体の筋肉を活性化する筋トレを始めることである。

結論

80歳になっても90歳になっても働き続けている高齢者はいる。お金のため(生活費を稼ぐ)という目的だけでなく長生きするためという目的で働いている。 歳を取れば取るほど体を動かす仕事や頭を使う仕事が有れば、生きるためのエネルギーが再生される。

目的がある生活を始めることで老後の生活は活性化する。仕事を始めるのがいちばん簡単である。仕事ができなければ、目的を持った活動を考えて始めることである。