時間は気が付かないうちに消えて行く

一週間が過ぎ去るのが早く感じている。 毎週末はジムでワークアウト。これが来るのが早い。いつもは、スターバックスで仕事をしているのだが、長男の結婚式関連で色々と時間が取られている。出たり入ったり、仕事以外のことをやっていると何故か時間が早く過ぎていく感じがする。適度が良いのだが、時間の流れは変わらない。意識しないでも消えていっている。

高齢者は忙しいのが良い!

仕事をしなくても食べていける高齢者は、時間を自由に使える。自由に使える自由があるゆえに物足りなさを感じているようだ。やりたいことがあり、その方向に時間を使っている高齢者は、忙しい。この違いに個人差が酷くある。その人の人生そのものが高齢者の年齢で出現する。

街中を歩く高齢者の歩き方を見るだけでその高齢者の生き方の違いが分かる。

目的を持って歩いている高齢者は、その目的のために動いている。自由を持て余している高齢者達は、宛てどもなく歩いている。歩き方でそれが分かってしまうほど違いが出ている。

時間を意識しなくても消えていく。自分が早く感じようと遅く感じようとお構い無しだ。

でも、

生きている私達にとっては、その違いが精神的に響く。精神の健康状態は、何かに向かって没頭している高齢者ほど充実感と幸せ感がある。何かを成し遂げるという所に生きがいを感じる。その目的が有る高齢者と無い高齢者では、時間の感じ方が違う

年金だけで生活が成り立つ高齢者は幸せであるが、それに甘んじている高齢者は不幸せであると私は思う。むしろ、一生懸命生活費を稼ごうと働いている高齢者のほうが活き活きしている。生活費を稼ぐという目的があるからだ。頑張らないと食べていけないという事情が新しい生命エネルギーを作り出す。 

当事者の高齢者は、私がこんなことを言っていることに反論するかもしれない。出来れば、働きたくないというのが本音であるからだ。

でも、

体と精神に刺激を与えることで人間の生活は活性化する。 

私は働けるのに働くことを辞めて楽をしたい高齢者を哀れに思う。自分で自分の死期を早めているという事実に気がついていないからだ。歩くのをやめた猿。動きを止めると餌も取れなくなる。体と精神は、お互いに影響しあっている。動くことを止めると精神的な刺激も失う。

目的がない余生は、つまらないと思い始める。動きを止めると若者とは違ってエンジンが中々掛からなくなる。サビつきが早く酷くなる。いつもエンジンを動かしている自動車ほど長持ちだ。電化製品と同じで常時使っていないと健康を維持できなくなる。 

高齢者の足が動きづらく成ってから気がつく事の重大性と同じである。 

足の筋肉が衰えて自分の足がコントロール出来ない。引きずるように歩く。杖がないと歩けない。歩くのがしんどい。外に出るのが嫌になる。こんな状態になってすぐに何とかしようとしても事既に遅しである。

だが、 

事既に遅しであるが、ここから努力してエンジンをかけ直す地道な努力が有れば動かなくなった足に筋肉がついてくる。その努力が続かない高齢者は、死期を待つだけになる。動けなくなった動物は、死ぬのみの状態だ。人間も同じだ。誰も助けてくれなければ、死ぬのみの状態になる。 

80歳になっても90歳になっても働き続けている高齢者はいる。お金のため(生活費を稼ぐ)という目的だけでなく長生きするためという目的で働いている。 歳を取れば取るほど体を動かす仕事が有れば、頭を使う仕事が有れば、生きるためのエネルギーが再生される。

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