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私の知人が60歳で定年退職をした。次の職を探しているのだがまだ見つからないでいる。半年後に失業手当が支給される。それまで職を探しながら自由な時間を旅行に行ったり、色々な展示会に行ったり、好きな事に時間を使っている。多くの定年退職者は、今まで蓄積されてきたやりたくても時間がないためにできなかったことをこの時にやろうとする。

次の勤め先が見つかれば、それで良しとする考えなのだが世の中はそううまく回らないのが現実だ。彼は、毎日何をしようかと悩んで思いつくことをやっている感じがする。自宅にいても自分の居場所がない。見た目は孤独ではないのだが、内心は孤独という闇が近寄ってきていることに気づいているようだ。

会社勤めをしている時は、近くに同僚がいる。同僚と一緒に飯を食べたり、上司の愚痴を言ったり、居酒屋に行ったりして共通の空間を楽しんでいた。今は、そんな空間がない。それ故に寂しさを感じている。孤独=寂しさ。一人で自分の時間を楽しむ知恵を習得しないと孤独がという闇が襲ってくる。

孤独はシニア誰もが直面する

私の仕事場は、スターバックスのカフェだ。インターネットビジネスをする場所として私には都合が良い場所になっている。 確かに、他のお客の会話や雑音が多い。雑音があるが、その雑音のお陰で仕事に集中する場合が多い。酷い時は、イヤホンをパソコンにつなげてジブリの音楽を聴きながら仕事をする。今がそんな時だ。隣のおばさんたちがやかましくおしゃべりをしている

朝、いつものスタバに到着するとカウンターに見慣れた顔の若い女子大生店員がいる。マイボトルを持って、「ホット、ショート!」と言ってマイボトルを差し出す。女子大生店員Aさんとの会話がここから始まる。

若さのエネルギーは可愛い女性店員からもらう

この1か月の事である。筋トレをやった翌日に家内と一緒に8キロぐらいの公園歩きをした。7キロあたりから右足もとに違和感を覚え、だるい痛みを感じ始めた。休めば痛みは消えて行くが、しばらく歩いているとまた痛み出す。我慢できないほどの痛みではないが、気にかかる痛みで歩く速度が遅くなる。

この現象が、1度で終われば良いのだが何度も同様なだるい痛みをしばらく歩くと感じ始める。患部を叩いで疲れた筋肉に刺激を与えると気持ちが良いのだが、単純に筋肉の疲れからくる痛みであると解釈できないかもしれない。

左側の足の付け根は大丈夫だ。階段を一段飛ばしで上がっている。階段を一段飛ばしで上がる事を日課にしているのだが、これをやると右足の付け根の痛みが早い段階で起きてくる。階段を一段飛ばしで上がる時に足の付け根に負荷が行く。この負荷が累積して筋肉にコリが出来てしまったのだろうか。わからない。

原因が分からない筋肉の痛み

年齢が80歳を過ぎると伴侶が他界して自分一人で生活する日がやってくる。子供家族に負担や迷惑をかけないという気遣いで一人で生活を続けようとする老人が多い。普通の生活が問題なく送れる肉体があれば、問題がないが年齢とともに普通の生活が難しくなる。万が一のことを考えて生活をしないと一人で生活をすることができなくなる。

この時期、お風呂場で溺れ死ぬ老人が増えてくる。お風呂場の気温とお風呂の中の温度差でお風呂に入った時に貧血や意識障害が起きて気を失いそのままお風呂の中で水死してしまうという事故だ。一人生活をしているとそのような事故死が孤独死になってしまう。

自分が孤独死で他界する時

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