年を取ってくると新しい事を学ぼうとしなくなる。身体の動きが遅くなるのと同じで何事も遅くなる感じがする。個人差はあると思うが、新しい事を学ぶという事に積極的になれない。何故なんだろうか。
61歳にして人生に飽きてしまったのだろうか。
面白い事を見つける!それしかない!
年を取ってくると新しい事を学ぼうとしなくなる。身体の動きが遅くなるのと同じで何事も遅くなる感じがする。個人差はあると思うが、新しい事を学ぶという事に積極的になれない。何故なんだろうか。
61歳にして人生に飽きてしまったのだろうか。
面白い事を見つける!それしかない!
60歳代で働いていない生活を始めると自宅以外に自分の居場所を見つけなくてはならない。シニアの居場所探しは、定年退職後に直面する問題である。65歳を過ぎると年金だけで生活をするシニアが大半になる。毎日が日曜日の生活が続くが、あまり余る時間を使う場所が見つからない高齢者が多い。
ブラブラしている老人たちを羨ましがる会社員がいると思うが、老人たちは決して幸せではない。好きで街中をブラブラしているのではないからだ。やることがない、見つからない老人だからである。人によっては自分の時間を社会に恩返しする意味合いでボランティア活動をしている。そのような思考や意欲がないシニアは人生という川の流れに任せて暇を潰している。
毎日が日曜日の老人は自宅にいられない。妻が嫌がる。外に居場所を見つけなければならない。多くの高齢者は街中散策をする。人通りを楽しみながら、街中の変化を肌で感じ合う。街中散策そのものがシニアの居場所になるかもしれない。特定のエイリアに身を置くことで街中から発信される刺激を楽しんでいる。
私の家内がYokohama Marine & Walkのお店で購入した日傘を中央高速の談合坂サービスエリアで忘れてしまった。2016年6月21日(火曜日の午後4時半頃)の出来事だった。その日のうちにお問合せをして捜してもらったが、発見できずとの連絡があった。
彼女は、落胆していた。お気に入りの日傘であったからだ。価格は高くないが、気に入った日傘に巡り会えたと喜んでいた。きっと、他の女性が見つけて持って行ってしまったに違いないとしきりに言っていた。 女性はその感覚が鋭いから、そうなんだろう。
お気に入りの日傘は女性にとって大切な物!
便秘をあまり経験したことがないシニアが便秘になり3日間便が出ないと不安になる。お腹が便で一杯になってしまうのではないかなど変な想像をする。食事をするたびに便でお腹が膨れ上がってくるのではと。
便秘で苦しむ人は多い。男性よりも女性が多いと聞く。私が知人の女性に3日間便秘になっているが大丈夫かと聞いたら、便秘の初心者と言われた。私なりにこの便秘を解決する方法をやってみた。
一人でいる時間が多くなったと気が付くシニアが多いと思う。会社員であった頃は、会社に行くことで同僚がいたり、先輩、後輩がいた。話をする相手がすぐそばにいた。組織の中の自分であったからだ。組織を離れたシニアは、妻から出来るだけ今までと同じように朝外出して欲しいと要求される。今までの自分の生活リズムを壊したくないからだ。
シニア男性は、カフェで1人何をするでもなく時間を持て余す。定年退職後に再就職が上手くいかなかったり、やりたいことがなくなったり、自由な時間に溺れてしまったりしているシニアがいる。年齢が60歳、65歳、70歳で世の中の見る目が変わる。60歳から70歳になるまでの10年間は70歳以降の新しいライフスタイルを作る期間である。
70歳以降の人生は暇との戦いになる。何もやることが無いから暇になる。この問題を解決するのは一つの決断が必要になる。自主的に新しい事、関心を持った事、面白いと思った事を始めるアクションである。残りの人生を楽しませてくれる種は自分の足元に転がっている。それを見つけて種を育てる。それだけである。
65歳になって会社勤めが終わった人が多いと思う。65歳以降の生活をどのようにしたら良いか悩んでいるのではないか。私の周りにもそんな65歳シニアがいる。走るべき線路が目の前に作られていない。自分で線路を作って走らねばならない時期になった。頭ではその時が来るのが分かっているのだが、何も準備出来ていなかった65歳のシニアが多い。
再就職先を探す、パートやアルバイト先を探す、NPO団体を探すなど選択肢はあるのだが、気が進まない。そんなシニアがいる。私は自営業を営んでいる65歳だが、もう二度と組織の中で仕事をする気持ちになれない。一度自由な空気を味わうと制約が多い他人の組織に魅力を感じなくなる。
女性の魅力は年齢に関係なくある。私が35歳頃、電車の中にいた親子ずれ(母親と娘)が私の前に立っていた。母親は50歳代、娘は20歳代。私は、なぜか、母親の魅力に惹かれてしまった。本来ならば、若い娘に目が行くのだが。娘も綺麗なのだが、女の魅力というか、母親の大人の魅力というか、理解できない本能で母親に目が行ってしまった。

年齢に関係なく綺麗な女性はいる。高齢女性が肉体的な美を維持しようとしているが、無理がある。整形を何度もやっても若さは肉体に戻ってこない。肉体的な魅力は年齢とともに消えて行く。高齢女性の美と魅力は外面よりも内面にある。その人のキャラクターというか、個性、性格、生まれ育った品性にある。
一緒にいると何故か楽しくなり、笑いが増える女性は周りの人が自然と集まってくる。それが大人にない子どものような内面的な可愛さかもしれない。このシニア女性とおしゃべりをすると必ず笑いが生まれる。そんな女性は自然と会う人に笑いという魅力を与えている。
子どものような性格をしたシニア女性の魅力は仕草が可愛い。言葉だけでなく、行動も子供っぽくなる。それが自然な形で現れるので引き込まれてしまう。それが魅力である。普通のシニア女性には見られない魅力になる。
言動や行動が子供っぽい大人の女性に一度巡り合うと肉体的な魅力以上に精神面的な魅力に引き込まれる。
"Happiness is a perfume you can not pour on others without getting a few drops on yourself."
幸福は香水のごときものである。人に振りかけると自分に必ずかかる。
米国の思想家・詩人のラルフ・ウォルドー・エマーソン(Ralph Waldo Emerson)の言葉である。私はこの言葉が大好きだ。
幸福は香水のごときモノ
64歳は老人か?少なくとも老人になる入り口に立っている。体が衰えて来ているのが肌で感じるからだ。
誰もが老人になって行く。1年が過ぎ、また、1年が過ぎて知らないうちに若者が老人になっていく。44年前は20歳であった私がもう64歳だ。心は20歳なのだが、体は64歳に成っている。黒くフサフサしていた髪の毛も今では薄く白髪とグレー色である。朝起きた時に鏡に写る自分の顔を見て夢を見ているかのように感じる。